【日本における多様性を考える】「空気を読む」ことの限界値

学び・新しい時代

多様性、ダイバシティーという言葉を聞くようになってしばらく経ちました。

日本人は多様性を受け入れていくことの難しさを感じている人も多いのではないでしょうか。

日本には古くから「空気を読む」という素晴らしい文化が有ります。

これが素晴らしいことの反面、

現代においては日本人が世界から一歩遅れを取っている原因のひとつのようにも感じます。

「空気を読む」

東洋的に「気」というものに価値を置き、意識をしていく。

個人的にはこれはとても素晴らしいことだと思っています。

「気」は目に見えないけれど、ひとそれぞれのアイデンティティーのひとつであると考えます。

これは島国、日本において人との関係を良好に保っていくために必要な能力として

DNA的に組み込まれたものだと考えます。

大陸と違い、小さな島国で同じ民族がうまく関係を保ち生活していくためには

すべてを言葉にして思ったことを出し切る、という文化より

すべてを言葉にして出すのではなく、相手の表情や醸し出す空気によって

相手を理解するコミュ力を自然と身につけていたのではないかと考えます。

これは東洋医学を学んでいて感じることですが

人間として高度な能力。

相手を思いやり「気」を交わすことでコミュニケーション出来ていた昔の人たちは

本当に凄いなと感じることが多い。

ただ、インターネットが普及した現代においてこの「空気を読む」という文化が

日本人の多様性の進化の足を引っ張っているのではないか?と考えます。

インターネットが壊した「国境」

メタバース、もう目の前に迫っている新しい世界。

インターネットが普及するようになり、スマートフォンの登場により世界は相当な進化を続けています。

そこからコロナウィルスの蔓延でよりこの世界観は加速しました。

一度も対面であったことないのに、zoomなどで頻繁に話をしている人が増えていませんか?

インターネットで繋がることは住んでいる国は関係ありません。

問題は時差ぐらいでしょうか。

テクノロジーの進化は「国境」を無くし、誰とでも気軽に話が出来ることを可能にしました。

感情表現の方法

海外の映画やドラマを見ていると日本との違いをいろいろ感じます。

特に最近は韓国ドラマの勢いが止まりませんよね。

しかも面白いコンテンツが本当にたくさんあって飽きることが有りません。

そんな韓国ドラマをみていて、個人的に感じることが有ります。

韓国人の感情表現の豊かさの凄さ、です。

同じアジア人でもどうしてここまで日本と感情表現が違うのか?

これは大陸と島国の違いにあると考えます。

大陸である韓国は歴史的にも周りから攻められる可能性も大きく

言葉にして、感情をきちんと表現することがDNA的に組み込まれているように思います。

欧米も同じですよね、ハグしたり、思ったことをとにかくきちんと言葉にする。

これが日本と大きく違うところです。

日本人の意識改革

インターネットが国境を壊した今

もともと外に感情を出すことをしてこなかった日本人にとって

「多様性」という価値観を受け入れて体現していくのは簡単なことではないのかもしれません。

テクノロジーとともに進化していくために、日本人が「多様性」というものを考え

「空気を読む」という素晴らしい文化をアップデートすべき時期がきているのだと思います。

映画「ドライブマイカー」

先日、大きく話題になった第94回アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した「ドライブマイカー」

個人的にはエンタメとして考えてみると、演技含めて「なぜこれが作品賞に?」と感じました。

が、この作品の奥にあるものは「多様性」の世界から一歩遅れを取っている日本における問題点に

焦点を当てると、この作品を作品賞に選出した選考委員の方々が凄いな・・・と。

この映画の捉え方は人それぞれ違うとは思いますが

こういった視点で見てみると非常に深い映画です。

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