YouTubeが大きく生活の中に入ってきてから、今までテレビ制作で作りこまれた映像から、個人の感性で自由に発信しているものを見るようになりました。
そこにはスポンサーも関係ない場合がほとんどで、
住んでいるその方が本当にいいと思うもの、
感じること、
実際にその撮影の時にみた風景、などテレビよりもリアルを感じられるようになりました。
そんな映像を見ていると、日本を改めて考えるようになったり、言語・文化などについて調べていきます☆彡
2回に分けて、個人的な見解となりますが、考えてみようと思います。
言語学とは世界の言語の特徴や特質を研究する学問であり、意味論・語彙論・文法論・文字論などがあります。
ことばのパワー
言霊、という言葉があるくらい、ことばにはパワーがあり、そして動き・漂い・人に影響を与えます。
それは時に人の生きるチカラになったり、人を立ち直れないくらい傷つけてしまう陰陽の側面を持っている・・・。
ことばも文化も慣習化された行動です。
当たり前のように話している日本語も一歩外に出てみると、
非常に文法が難しくて世界でも最も特異な言語のひとつなのではないでしょうか。
漢字・ひらがな・カタカナの3種類を使いこなし、同じ言葉でも意味が全く違うものがあったり、
使う場面・使う相手によって変化していくことも難易度を上げていると思います。
人間だけが使う「ことば」
なぜ人間しか話すことが出来ないのか?
★哺乳類の中で口呼吸をしているのが人間だけだから
だったり
★脳があり、言語を処理できる脳の仕組みがあるから など考えられます。

空気を読む文化
日本語には「空気を読んで察する」文化が根付いています。
この文化が良い面だと考えれば、奥ゆかしい文化ともいえるし、
悪い面だと考えればあいまいな文化とも言えます。
日本人のコミュニケーションで大きな役割を果たす「空気を読む文化」は、
主語がなくても(誰かを明言しなくても)会話が成立する言語にしている要因化もしれません。
「察する」ということは、直接表現を避けることも可能ですし、回りくどい言い方にも出来る。
その表現方法が多様であるのも日本語の特徴的な側面です。日本の政治家にあいまいな表現が多いのはこの文化からでしょうか?!

同じ言葉の変化
たとえば英語で同じ言葉が変化する「三段活用」があります。
三人称のとき、もしくは対象が単数か複数なのかでそのほかの言語だと、
女性と男性で分かれていたりとその言語は土地・文化によって異なります。
英語の動詞の変化でいうと・・・
◎ give(与える) ⇒ gave(過去形)⇒ given(過去分詞形) と時系列に沿って変化します。
日本語で考えると・・・
同じ言葉でも時系列ではなく、使う相手によって違う表現に変わっていき使い分けています。
◎ 見る ⇒ ご覧になる(尊敬語) ⇒ 拝見する(謙譲語)
こうした言語の構造から、
文化が形成されたのか? それとも文化が先で言語が派生していったのか? は一つの答えにはならないように思います。
ただ、この言語のあり方、使い方を見ても、その国民性が垣間見れるように感じます。
なお、英語に関してはアルファベット26文字しかない中で、
多種多様な民族同士がコミュニケーションをとれるように、文字が中心というより音声が中心の言語だと考えます。
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